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わたしの吉祥寺 vol.7〜南 椌椌さん。

吉祥寺ガイド まめ蔵

カレーの名店「まめ蔵」。人生のかくし味とは?

「南 椌椌(みなみ くうくう)」さんは、吉祥寺でカレーといえば「まめ蔵」と言われる、超人気店のオーナー。そして、詩人・絵本作家・テラコッタアーティストでもあります。
今回は不思議がいっぱいの自由人「椌椌さん」の魅力に迫ります。

まめ蔵

舞踏に衝撃を受け、自由に生きることに。

椌椌さんは、東京生まれの新宿育ちという東京人。
学生運動最盛期に大学に入り、授業にはほとんど出ず、詩や童話、舞踏、美術に溺れて卒業。アルバイト生活を経て、10ヶ月間、パリを拠点にスイス、イタリア、スペイン、ギリシャなどヨーロッパ各地を巡った後、帰国。
1972年に天才的なダンサー笠井叡による即興の舞踏との出逢いが、椌椌さんの人生に衝撃を与えます。
「自由でいいんだよ。好きなようにやればいいんだよ。そのまま生きればいいよ。」それが、人生の源流となり、今につながっています。

椌椌さん
奥様の話をする椌椌さんがステキ。

吉祥寺にお店を作ったきっかけ

椌椌さんはクラシック好き。
学生の頃から好みの音楽がかかる喫茶店という「箱」が好きで、中央線沿線の喫茶店を巡っていたそう。
当時は、会社に就職せずに「店のオヤジ」になって好きにやろうという人がいっぱいいた時代。26歳になった椌椌さんも、弟さんと荻窪の外れで喫茶店「ゴーシュ」をスタート。

開店して1年半経った頃、椌椌さんも弟さんも所帯を持つことになり、1店舗では2世帯の生計が立てられなくなったため、ゴーシュは弟さんに任せ、1978年 10月吉祥寺に「まめ蔵」をオープンすることに。

まめ蔵

「まめ蔵」って誰?

人生で最も衝撃を受けた「舞踏」。そのダンサーでもある奥様の踊りが大好き!な椌椌さんは、奥様の踊りを支えたいという思いでお店を始めたそう。
「まめ蔵」という名前は、奥様が幼少の頃、チョロチョロ動き回るため、お祖父様から「まめぞう」と呼ばれていたことが由来。
「まめ蔵」がオープンしてから42年経つ今も、同じ場所でカルチャーを抱えながら続けているのは、人生の相棒である奥様の存在のおかげなのです。

椌椌さん

常連さんと始めた、お店での「展覧会」。

1980年代は、お客さんと友達になれるような雰囲があった、よき時代。
当時「まめ蔵」は、明星学園生の溜まり場で、その中のメンバーと「いっしょになんかやろう!」と盛り上がり、展覧会を開催。年1回の吉祥寺「駱駝館画廊」での展覧会は、なんと8年も続いたそう。当時のお客さんの中には、絵描きのスズキコージ、「ぽっぺん先生」シリーズを書いた童話作家の舟崎克彦、まんが家のいしかわじゅん、フォークの高田渡、友部正人さんら才能あふれるアーティストがたくさんいたそう。

まめ蔵

椌椌さんに「わたしの吉祥寺」のバトンを渡してくれたのは、第5回に登場してくださった、友人のイラストレーターキン・シオタニさん
「椌椌さんは、自分からガーッていくタイプじゃないのに、自然体でいろんな人とつきあってる。」とキンシオさんからほめられても「店はただの”箱”。お客さんがいてくれてこそ。」と語る椌椌さん。
そんな椌椌さんだからこそ、喫茶店の枠を越え、展覧会・落語など、みんなでカルチャーを育む場をつくることができたのです。

椌椌さん

2店目の店名からとった、ペンネーム「椌椌」。

1990年。「まめ蔵」が軌道に乗り、以前から作りたかった、お酒を飲むお店を出すことに。
アンドレ・マルローの「空想美術館」と、映画「キンザザ」の宇宙人の声のイメージ「Kuu Kuu」を組み合わせた店名は「諸国空想料理店Kuu Kuu」。椌椌さんのセンスが光ります。

1992年にペンネームを考えることになり、西友の前にたまたま出張していた無料姓名判断のおばちゃんから、あまたのダメ出しを経て、ついに太鼓判を押してもらえたのが「椌椌」。
「椌」という漢字は「木に穴が空いた楽器」の意味で、辞書をめくっていて偶然発見した漢字だそうです。

不思議なことに、ペンネームを「南 椌椌」にしてから、絵のアーティストとしてあちこちからお呼びがかかるようになり、創作活動が海外にも及ぶようになったそう。

椌椌さん

自称「世界で一番下手な絵描き」の心で描く絵。

「すべて自己流で中途半端で、好きに描いてる」と、飾らない椌椌さん。
友人のキンシオさんも「できそうでできない。心で描いてる絵。浮遊感は椌椌さんのオリジナル。まさにカントリーロードのシャガール。はなから”自分”という存在は中空だから。」と、椌椌さんに脱帽。

「人気店を経営することと、椌椌さんの自然体さが結びつかない。」と語るキンシオさん自身も、人気と自由さを両立している珍しい人物。
特別な共通点があるお二人といると、時空を超えて浮遊している気分になります。

椌椌さん

「まめ蔵」から巣立った、全国のカレー店。

雑誌「散歩の達人」で「まめ蔵」をルーツにもつ全国のカレー店が紹介されるほど、数々のカレー店を育ててきた椌椌さん。
居心地がよくて、何年もバイトしてるうちに、カレー屋さんの面白さ、自由さに染まってしまったのか、都内ばかりではなく、青森、甲府、鎌倉、埼玉小川町、倉敷、飛騨高山など各地で個性的なカレー店を営む後輩がたくさん!

「まめ蔵」と全く同じカレーを要求せず、それぞれの店が個性を発揮したメニューを提供できているのは、自由を愛している椌椌さんだから。

まめ蔵

ところで、カレーのレシピ教えて!

「まめ蔵」のカレーは、40年ぶりにきたお客さんからも「この味だよね〜」と言ってもらえる味。実は少し変えてるけど、基本は創業当時と同じレシピとのこと。
ポイントの一つは「3日寝かせる」こと。そして、愛を込めないとおいしいカレーはできない。
やはり、カレーの隠し味は「愛」なのです。

椌椌さん

コロナ禍、そしてこれから「椌椌さん」はどこへ?

「まめ蔵」は、都の要請が出る前から、2ヶ月休業。
今は、毎日まるまる1時間クリーンタイムにし、床から消毒清掃しているそう。

「50歳くらいまでは『大人になったら何しよう?』とか思って、60歳過ぎて「還暦少年」という詩文集を作った。」と、ここでもネーミングセンスが光る椌椌さん。
今は「自分に向けて絵本を描きたい。70歳の新人の気持ちで出版社に持ち込んじゃう?」と楽しそう。

椌椌さんのような自由で、カッコいい大人になりたいものです。

まめ蔵
メニューを触らなくて済むよう、壁に貼ったメニューもあたたかい。

くわしくは まめ蔵 公式サイトでCheck!

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